カタログギフトのこんな内容
二七歳のTさんは平戸の隣の松浦市まで通った。
開店当初の売上げは月五五万円ほど。
これを三〇〇万円にすることをまず目標にした。
店舗や労働・在庫効率、それに松浦市における写真人口シェアなどの数字から経営を考えた結果、ほどなく目標を達成する。
そのときの喜びを原点に、次は近隣の大きな街・佐世保へ出店。
八六年「たかたカメラグループ」から独立し、「株式会社たかた」を設立した。
フジフィルムからプリンターを借りてのスタートで、ここでもTさんは、いかにプリント数を増やすかを理詰めで考えた。
当時カラーの現像所は少なく、佐世保でも三、四か所程度だったから勝算はあったが、市内全域を自らがフォローするのは至難の業だ。
そこで思い付いたのが取次店による展開。
しかも、朝出して夕方仕上がるスピーディなシステムを導入したため、ピーク時は日に五〇〇本から七ビデオカメラが普及しだすとその販売に力を入れました。
お客さんには当然商品の説明をして販売します。
小さな町ですので一軒一軒訪販とかもしてね。
お年寄りがいらしても、わかりやすい説明をするように心がけてました。
そこで今の道が開けてきたのかとも思います」ソニーショップの事業はTさんの商売を広げたばかりでなく、その「語り部」としての資質を開花させたといってもいいだろう。
店も佐世保近辺に三、四軒持つようになると、Tさんは九〇年、地元の長崎放送で「通販九州」の名で始めたラジオ通販だが、当然社内に専門のアナウンサーはいないため、Tさんが自ら喋ることになった。
また当時、局側の規制が大変厳しく、放送は年に二回ほど。
現在のようにレギュラーで放送できる時代ではなかった。
しかし、放送局と交渉を重ね、また回を重ね実績をつくることで信頼を獲得、少しずつ放送枠を増やしていった。
という経験則がTさんに備わった。
テレビ放送は九四年六月、深夜の三〇分枠から開始された。
そこで初めて扱った商品はソニーのハンディカムだった。
そこで初めて使われた「J」というネーミングにも謂れがある。
ラジオ通販が四国に進出する際、それを踏襲して「通販四国」で始めたのだが、全国に広かつていくにあたって、その地方の名をいちいちつけていくと混乱をきたす。
そこで「通販たかた」にいったん名称を変えた。
だが、テレビ進出の際、それでは全国区にはなりえないと、プロにネーミングを依頼した。
三〇ほど候補案が出されたが、そのどれもがTさんにはピンとこなかったという。
やり取りの中で、自分の意図しているのは全国ネットである、と言ったら、「じゃパンネット」という提案が折り返しなされた。
少し呼びにくいせいか、「J」と詰めて呼ぶことに。
テレビ通販の代名詞がここに誕生した。
自前主義Tさんは自社通販の原則として三つのテーマを挙げる。
自前主義とメジャーミックス、そして金利手数料負担だ。
自前主義の最たるものが、先に挙げた配送センターと自社内スタジオである。
いかけて福岡、熊本から北海道まで拡大していきました。
現在ではテレビのイメージが強いようですが、どちらかと言えばラジオのほうが私は好きです。
なぜならラジオは声のみの媒体で姿は見えませんから、声でいかにリスナーの心に訴えていくかが問われます。
ラジオショッピング自体は全国どこでもありましたが、ネットワークをつくったのは私どもが初めてじゃなかったでしょうか」確かに、広い本社三階入口に不釣り合いに小ぶりなラジオブースがある。
そこから放送局とダイレクトでつながり商品紹介が行われる。
各地方の天候などの諸条件を考慮し、当日紹介する製品を決定するんです。
そうしたフットワークの軽さがラジオの利点であり、だから、ラジオこそTさんの販売人としての本領が発揮されるメジャーといえる。
Tさんの徹底した自前主義も、テレビのラジオ化というか、完全に自分の意図した放送にしたいがためなのだ。
そのため、スタジオでの作業も全部社員が務める。
佐伯はJの番組制作体制についてこう説明する。
新製品が出るので時機に間に合いません。
その点、自社スタジオならいつでも撮影ができる。
ここでは地上波やCSの生放送もこなせますが、生放送なら、その時に一番伝えたい商品情報をリアルタイムで流すことができるのです。
技術スタッフには中途で採用した経験者もいますが、多くは他部署で活躍していた弊社の社員です。
一から勉強して技術を身につけ、今に至ります。
Tさんは次いで、三原則のうちの一つ、メジャーミックス展開のため、九五年には会員向けカタログと折込みチラシも発行、と全国規模の通販へ着とステップを踏んでいく。
り、紹介できる商品も少なくなる。
自社の衛星放送は二四時間体制で使えるので、多くの商品をご提案できます。
また、若い方にはインターネットでもいいが、年輩の方はチラシなどの紙媒体でないと安心できない側面もある。
しかし、どれもこれも改善の繰り返しですよね。
前進しては反省するというか。
大きいことを始めると、その器を充たすために小さな課題がいっぱい出てくる。
それを一つとして疎かにせず、作り込んで中を埋めていかなきやならない。
それに対応してはきましたが、まだまだ……」そういえば以前、Tさんは番組内で、アフターケアについては「一〇〇%とは参りませんが、それを目指して、一〇〇にどんどん近づけるように……」とサービスに終わりのないことを控え目に宣言していた。
彼のモットーである顧客満足度をいかに上げるか、それも通信販売という、顧客が手に取れない商品を、店舗で買うのと変わらないまでの信頼をいかに付帯させて売るか、にもまったく終わりはない。
このようにTさんは完璧主義者特有の話し方をする。
謙虚さを跳び越えて、なんというか、石橋を叩いて叩き割るような凄みを感じた。
電波に乗った家電量販セレクトショップ三原則の最後、分割の金利・手数料負担だが、これは年間で何十億円もの重荷になるという。
ただ、これこそがTさんが自負する「アフターケア投資」の象徴。
やめるわけにはいかないのだ。
すが(笑)、今、ハイビジョン放送もクオリティが上かつてきて、見ないともったいないでしょう。
そうした生活提案も含めてるんです」企業が大きくなれば、それなりの責任を果たさなければならない、とTさんは再三口にする。
商品に様な付加価値をつけることで、顧客との関係の永続性を印象づけるのだ。
例えば、プラズマテレビを置く台に困るならそれをセット品として付ける。
ビデオカメラなら、そのうち必要になる三脚や予備のバッテリーが付く。
そんなセット販売も、考えてみれば、かつて町の電気店ならどこでもやっていた。
量販店ほど割り引きができないぶん、おまけで穴埋めをしていたのである。
しかし、Jは量販店を凌駕する安値の上に、セット品を付け加える。
こういう商品提案の仕方が「消費を喚起する」のだ。
付工事は無料ですし、パソコンでのADSLセットアップも三九八〇円で請け負っている。
到底それでは賄えず、コスト負担はしてますが、パソコンを使うまでに多くの人が挫折するのを防げる。
高額な商品ですし、一般家庭のニーズなら、それで『よかったな』と長く使い続けてもらえればいいんです」確かにJが番組で取り上げる商品のいくつかは、多機能型の高額なAランク機種でないこともある。
この点、量販店と仕組みは一緒で、必要最低限の機能に絞った製品なら、自ずと価格は安く提供できる。
カタログギフトは現代社会で重宝しています。カタログギフトのユーザーの声が届いています。
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